箱に入れときたい

日々の雑感。

小林麻央さん。

小林麻央さんが亡くなった。

 

最初に訃報を聞いたのは仕事中だったけれど、心にぽっかり穴が空いたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の母は、確か、私が高2の頃に乳がんを患った。確か、ステージ2だった。手術や抗がん剤治療などを経て、転移することなく今も元気だ。「確か」というように、その頃も私は母に関して無関心であった。受診から帰れば担当医の悪口。嫌なら病院変えればいいのに、乳がんは治るがんなのに、悲観的になるなんて大げさだなぁと本気で思っていた。そういう「悲劇のヒロイン」な母が嫌いだった。周囲がいくら励ましたって、受け取られないのなら意味がないなと思った。私はネガティブに引っ張られるのが嫌いなので、そういう母を無視していた。しかし血の繋がった母である。私もいつかはがんになるかもしれない、というリスクはその頃からずっとある。今後もそれがなくなることはない。だから、会社の健康診断の子宮がん検診は必ず受診するし、いつかはがん保険に入らないといけないかな、とぼんやり考えたりもする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻央さんは対照的で、乳がんステージ4にも関わらず(といったら語弊があるかもしれないが)、気丈で、ポジティブで、キラキラしていた。時たまブログを読んでいたのだが、辛いことも包み隠さず、けれども毎日の何気ないことにも感謝を忘れず、日々懸命な彼女の姿に心を打たれた。海老蔵さんはもちろんのこと、2人の小さな子どもたちもママと共に純粋に闘っているようだった。その他にも大勢の味方をつける麻央さん。絶対に彼女なら克服できる。私はずっとずっとそう思っていた。いつだったか、彼と麻央さんのニュースを観ていると彼が「治るのかなぁ」と言ったので私はきっぱりと「治るよ!治ってくれなきゃ困る」と返答した覚えがある。身内でもなんでもないのに、私はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あんなにやんちゃなイメージだった海老蔵さんを変えたのは、間違いなく彼女だと思っている。いつだったか、スマスマで息子くんと一緒に出演している海老蔵さんはとっても穏やかで頼もしいパパの顔だった。麻央さんを好きになって、結婚して、家族が増えるその過程の中で、麻央さんからいろいろな気付きを得たのだろう。愛する人を持ち、愛する人が増えることによって彼は変わっていったように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私も、家庭を持つならそんな家庭にしたいと思っている。相手から得るものもあれば、相手に渡すものもあり、それが様々に変化していく家庭。どこを切り取っても愛があり、安心できる家庭。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を愛することは、人を強くするし人を弱くもする。傷つけることだってあるけど、愛から生まれるものもある。どちらの方向にも強く作用するもの、それが愛なのではないだろうか。だからこそ、愛することは難しいし面白いし、人間が死ぬまで求め続けるものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全然文章がまとまらないし脈絡もないけれど、小林麻央さんが亡くなったことによって色々と考えてしまった。本当に辛い闘病生活だったと思う。その中でも自分と向き合い、家族と悲喜を共にし、日々懸命に生きた麻央さんに心からのお疲れ様でしたと、お悔やみを申し上げたい。